2009年1月20日、午後。
トヨタ自動車(株)は、代表取締役社長の内定人事を発表した。
「豊田章男」――トヨタグループを創業した初代・豊田佐吉から数えて4代目となる創業家出身社長である。
だが、名実ともに世界のトップ企業である「トヨタ」の次期社長となる割には、素顔があまり知られていないため「巨額の赤字を計上したこの時期に、創業家の世襲人事はいかがなものか」という批判が一部で囁かれている。
果たして、豊田章男とはどのような人物なのか。トヨタ再生を担い、世間の批判を覆すに値する男なのか。その全貌に迫ったルポルタージュとして、この度『豊田章男「トヨタ」再生!』を緊急出版した。
当コーナーでは、本書から一部抜粋するかたちで、豊田章男の素顔や豊田家の家訓、そして「トヨタ」の未来について紹介する。なお、文中はすべて敬称略とさせていただいた。
●強い後継者を育てる「豊田家の帝王学」
豊田家は本家の嫡男である男系を中心とし、本家の女系と分家が後見人的な役割を担いながら、豊田家を支えるという体制を受け継いできた。これだけ見ると、江戸時代の徳川家が行なった世襲制と比較されがちだが、実は考え方に大きな違いがある。
「お家騒動」を起こさないため、徳川家は本家の嫡男に将軍職を引き継がせてきたが、エンジニアの家系である豊田家は直系の嫡男に経営トップとしての厳しい試練を与え、能力のないものには引き継がせないという家訓を有している。自動車メーカーらしく、「鉄は熱いうちに打て」を具現化したものといえる。
さらに興味深いのは、もし、直系の嫡男が重責に耐えられずにリタイアした場合は、本家の女系や分家筋からの跡取りに差し替えることも辞さない覚悟をもっていることである。
いわゆる「トヨタ生産方式」では、「徹底した現地・現場主義」や「バッド・ニュース・ファースト(悪い情報ほど早く、経営トップに伝達する仕組み)」を取り入れることで、トラブル発生の前に根本的な原因を取り除くようにしている。
豊田家の「優秀でなければ、直系の跡取りでさえトップにさせない」という厳しい姿勢は、お家騒動の根本的な原因を事前に取り除く知恵ともいえるだろう。
●一代一事業
また、豊田家には「一代一事業」という家訓がある。初代・佐吉は自動織機を発明し、豊田紡織を中心としたトヨタグループを創業した。二代・喜一郎は自動車事業を立ち上げトヨタ自動車の創業者に、三代・章一郎はトヨタホーム設立による住宅事業に進出した。トヨタグループ首脳はこう語る。
「トヨタは100年先には自動車を造っているとは限りません。豊田家出身のトップには、次世代の事業を新たに開拓する使命感と責任感が受け継がれているのです」
その意味でも、四代・章男が社長になり、自動車に変わる事業をどう創り出していくのか。それについては章男の持つ「柔軟な逆転発想力」がカギとなる。
章男は、トヨタ入社前に米投資銀行A・G・ベッカーに勤務するなど、エンジニア畑を歩んできた初代〜三代目とは異なる経歴を有している。その章男がトヨタ入社の決意を父・章一郎に告げたとき、章一郎はこう答えた。
「おそらく、お前を部下に持ちたいと思う人間はトヨタの中にはいないだろう。トヨタに入りたければ特別扱いはしない。その覚悟があれば決めればいい」
その言葉どおり、章男の「トヨタ」人生は決して平坦なものではなかったが、それでも「一代一事業」の家訓を実行しなければならなかった。1998年、章男は「トヨタ初の自動車関連総合情報サイト」作成のプロジェクトチームを立ち上げた。当時の苦労について、章男は次のように述懐している。
「なんといっても、最初が大変でした。当初は、変なことを考えている人たちがいると社内でも白い目で見られていました。予算がないんです。
(中略)
今では懐かしく思えますが、みんな必死でした。トヨタ自動車は、もともとベンチャーで始まりましたが、GAZOO(ガズー)は、いつまでもベンチャーであり続けたいですね」
上記の章男の言葉にある「GAZOO」というサイトの運営事業部(現e-TOYOTA部)や、それを支える車載ネットワーク「G-BOOK」の構築など、トヨタは新規事業としてIT関連事業を立ち上げているが、実はこれこそが章男がトヨタに創った社内ベンチャー企業なのである。
●章男流の発想・実行力
では、章男は最初からITを得意分野としていたのだろうか? それについては、以下のような評価をされている。
「もともと章男さんはそれほどIT技術に長けていたわけじゃなかった。むしろ以前はメールのやりとりも得意ではなかったほどだ。しかし、章男さんはそれを逆手にとる発想を持っていた」
では、「逆転の発想」とはどのようなものだったのか。ここでトヨタのユーザー層をみると、他社に比べると年齢層が比較的高いという特徴がある。クルマのIT化は進歩する一方であり、いまやコンピュータ制御技術抜きには動かせないほどだ。
しかし、ここに1つ問題がある。トヨタの技術開発陣がいくら最新技術を投入したクルマ作りをしても、肝心のユーザーが使いこなせなければ意味がない。先の章男評は、次のように続いている。
「総合情報ネットワーク『GAZOO』や、車載情報ネットワークシステム『G-BOOK』などは、まさにIT技術に詳しくないトヨタのお客様でも使いこなせる発想から生まれた、章男さん独自のカイゼンシステムといえる」
ちなみに、章男がGAZOO事業部を立ち上げる際も、プロジェクトチームを上から指揮するのではなく、自ら現場に入り込み、チームを引っ張っていった。それだけではなく、2007年にドイツで行なわれた派生プロジェクト「GAZOO Racing」の24時間耐久レースでは、副社長となっていた章男自らがレースマシンのハンドルを握り、ブログで情報発信も行なっている。
この章男流の「徹底した現地・現場主義」は、トヨタ社内に大きなインパクトを与えた。
●「トヨタ再生」への設計図
現在、副社長として海外事業担当の責任者である章男は、2009年6月末の正式就任までに、新しい「マーケットビジョン」の策定準備に入っている。
それは、激変する世界の経済環境の中で5年先の中期目標を策定するにあたって、トヨタの創業者精神である「現地・現物主義」に立ち戻り、リアルタイムなマーケット情報に基づいて生産・販売体制を組みなおしていくというものだ。この「マーケットビジョン」について、章男は次のように語っている。
「今後の商品戦略ですが、これは言い古された言葉ですが、お客様の声をしっかりと聞くということに尽きると思います。お客様がこの先、どうライフスタイルを求められ、どういうクルマを求められているか。
幸い、私どもはフルラインで商売させてもらっていますので、そのフルラインの役割、使命をよく考えていきたいと思っています。
具体的には、営業を担当しましてから、『マーケットビジョン』ということで、今後も販売店さんが、私どもトヨタとともに持続的成長を歩んでいきたいと思っていただけるような商品ラインナップがどうあるべきかということを研究してきました。
しかしながら、ここにきて急激なマーケットの落ち込みがありますので、それがどう影響するかということも、現地と一生懸命悩んでいるところです」
このマーケットビジョンだが、世界で最も厳しい環境基準を定める米カリフォルニア州向けには、2020年までに計画しているトヨタ全車種のハイブリッド化を前倒しさせる戦略や、成長鈍化に転じた巨大な中国マーケット向けには章男自身の中国担当でのノウハウを活かして、低価格と環境対応技術を両立させる新たな戦略が盛り込まれると見られている。
当コーナーでは、本書から一部抜粋するかたちで、豊田家、章男自身、トヨタの未来に迫った。本書をご覧いただくことで、世界経済の中で重要な立ち位置にあるグローバル企業「トヨタ」の最新事情を理解するための一助としていただければ幸いである。
■書籍の詳細・購入はこちらから
http://www.njg.co.jp/kensaku_shousai.php?isbn=ISBN978-4-534-04527-0
